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Posted by 京つう運営事務局  at 

2020年08月31日

明智光秀公が戦いに命を燃やした場所♪

「山崎の合戦」で明智光秀が本陣をおいたとされる恵解山古墳(いげのやまこふん)♪

古墳の上に墓石が並んでいるいう珍しい古墳らしく、ミステリアスな古墳と呼ばれているそうでありますICON58


HPより抜粋♪

古墳の上からは合戦当日に明智光秀が望んだであろう天王山を見ることができる。

山崎から長岡京にかけて周辺には「山崎の合戦」に関連する史跡が点在しているので、同時に回るのがおすすめ。1日で全部を回り切るのは結構大変かもしれないが、合戦のスケール感が掴める。

天王山中腹の旗立松からは合戦場所周辺を俯瞰して見ることができる。




うんまぁ~なんて広いんでしょうかface08







古墳の真ん中で愛を叫ばす、ジャンプをしておいた「走るおばさん♪」




さっそく駆け上がってみました♪

秀吉公の階段と違って、700段もないから余裕よicon16






すっご~い!かり古墳としての形を残しているわ~ん♪

再現された埴輪がしっかり並べられているのが確認できますですface02

これだけ大きく高台であれば、本陣を置くのにも適しておりますわICON59



埴輪を上から見ると、こんな形よん♪





埴輪の「走るおばさん♪」もやってみたわface03












どなたのお墓か?だけれど、きっと偉い偉い人のお墓でありましょう♪


されど、
「走るおばさん♪」は、死んでもこんな大きなお墓も埴輪もミステリーもいりませ~んface10と思ってしまた。


この後は、光秀公ゆかりの「勝竜寺」にいったとさ♪








  

Posted by パソコバ  at 14:28Comments(2)

2020年08月27日

年齢不詳素敵な神木様と、「走るおばさん♪」(^_-)-☆


先日、豊臣秀吉が眠る「豊国廟」へと続く道の途中に「新日吉神宮」という神宮がありました♪
秀吉公となんか関係があるかも?と 、実は先に寄っていたのであ~る♪icon16










手水舎で清めますです♪






なんだか良く分からないけれど、手水舎の横に石碑があったので拝んでおきました♪

どなたかご存知の方がいらしゃったら教えてくださいませ♪







HPより抜粋♪

境内社である豊国神社には豊臣秀吉が祭られています。
秀吉への崇拝が禁じられていた江戸時代の頃は「樹下社」という名前でした。
幕府からの監視の目を誤魔化すために、秀吉の「木下」姓が隠された社名となっていました。

へ~~~偽名をつかっていたのね!!!

え?? 豊国神社がまつられているのねICON49

本殿前には、金網に囲われた御神猿がいらっしゃった!!




とりあえず、ポーズを真似ておいたわ♪


HPより抜粋♪

御神猿
本堂脇の「狛猿」。文字通り、猿の姿をした神様のお使いで、「魔が去る」とか、「何よりも勝る」との語呂合わせがあるといわれ、信者の災禍を去るという不思議な働きをし、常に御幣を捧げて悪気を祓い、災厄を退けて幸福を授けてくれるそうです。
そんな御神猿は、なぜか金網に入れられています。“神の使いが盗まれてしまわないように”また、“猿たちが夜な夜な動き出すのを防ぐため”という理由があると伝えられています。


さる年の「走るおばさん♪」だけに、夜な夜な動き出すのは心配だわ・・









屋根も撮影してみました♪
もし、井戸に貞子がいたら、こんな風景にみえるのかしら?










大黒様もいらっしゃったface02










本殿の横にいくと、なんか双眼鏡がおいてあり、本殿の屋根のあたりにお猿が観れるようで、のぞいてみよう!! みたいな感じで書かれていました!

さっそく、ワクワクしながらのぞいてみると、うむ??

これって、双眼鏡かい? なんか一部が小さくしかみえないじゃん!!

さる年であったとしても、観ることができないのであ~る

結局見つけることが出来ず、がっかりするさる年の「走るおばさん♪」




みえない!!みえな~~~い!!




すると、本殿背後に神木「すだじい(椎の木)」があります!! と看板がでており、抱き着きにいかねば!!


うんまぁ~これこそ「ご神木様!!」





そのすぐ横にあった「磐座」にも抱き着いておきました♪










まさに原始信仰跡という感じがしまするわ~♪

江戸時代以前からここにあったとされるが樹齢は不明のようで、お互い年齢不詳でいましょうと

思わす心で思った「走るおばさん♪」





天満宮様も祀られておりました♪



その後、宮司さまの奥様らしき方がいらっしゃり、「豊国廟」の場所を聞きいったとさ♪

その道中にあった、京女ステーション?

なんだか情熱の赤色のバス停ね♪

さすが、女坂と呼ばれるだけあるわ♥


時計の針の先っちょポーズをしておいたわ♥




そんなこんなで、さる年の「走るおばさん♪」が、お猿の神宮にお参りができたとさ






  

Posted by パソコバ  at 17:34Comments(2)

2020年08月26日

「清盛公」と「おちゃめな宮司さん」と「走るおばさん♪」(^_-)-☆

昨日の「秀吉公」のお墓「豊国廟」に詣った後、「平清盛公のフィギアお守り」が大好評で、

平清盛公を祀るあの神社「若一神社」にも行ってまいりました♪face05

秀吉様にお会いするために、700段の階段を駆け上がった後だけれど、またあの素敵な神社に行けると思うと、

すでに坐骨神経痛が派手に主張して痛いけれど(笑) 「走るおばさん♪」は、負けはしませぇ~~ん! icon14


道中に、大好きな顔パネル発見!


私の名前の一部も入っていて、いや~~んたまりませんわface03


車で行きかう人が必死に撮影している「走るおばさん♪」をガン見しているけれど、そんな視線に負けていては、

この撮影チャンスを逃してしまうわ!!!










神社に行く前には、きっちりと虫ペールを全身にかけまくり、初めて行った時の蚊の猛襲には合わないぞ!!!


そして、いざ出陣!!

すると、あのおちゃめな素敵な宮司さんがいらっしゃった♪

「先日に訪れたときに、「またきてくださいね~♪」とおっしゃったものだから(笑)
本当に来ました!」 と満面の笑みでいうと、

ちょっと「?」の表情(笑)

あ~~これはみんなに言ってるんちゃうかいICON46

まさか、これが京都人ってやつですか!と疑ってしたまった「走るおばさん♪」

「清盛公のお守りが大好評なので、今日は大人買いをしにきました~」と、手にいっぱいお守りを持っている「走るおばさん♪」



そして、また宮司さんとご一緒に写真を撮影させてくださいとお願いすると、「?」の表情をされたので、

「前回SNSで、宮司さんのお写真を掲載すると大好評だったんですよ!」

というと、「それはそれは!」と、 「せっかくだからこのシートを外さないと映りませんね!」と(笑)

私たちを隔てるベールを自らオープンしてくださいました♪






そこから完全に「走るおばさん♪」に対しての警戒心がとれてしまったようで(笑)

コロナにかからない秘訣を語ってくださり、「これを飲めばコロナには絶対にかかりませんよ!」face08差し出された魔法の小さな瓶!!

それは! まさしく神酒ですね!!






ぜひもう一度説明を動画で撮せてください!!とお願いすると、快くTAKE2してくださいました!




ただ、「走るおばさん♪」の合いの手とかみ合わず、これでは夫婦漫才でM1は取れなと反省face07
されど、とってもとってもおちゃめで素敵
な宮司さんをまたまた好きになってしまいましたicon06


また訪れることを約束して、お別れしましたとさ♪

そして、今度こそ8人の座敷童ちゃんが映ってほしいと、撮影スポットで写真を撮影しました♪

どうどう?? 映ってる??






そして、この神の酒をどうしても持って帰りたかったので、手提げの袋をもらい、 残り7キロの道をぶらさげて走って帰りました♪

いや~ これまた炎天下の元、袋を持って走るのも、なかなかの修行だなと思った「走るおばさん♪」ICON59


そのあと、道に迷いその袋が何十倍にも重いと思ってしまった ダメな「走るおばさん♪」


されど、素敵な出会いがいっぱいいっぱいあって楽しいランだったとさ♪





  

Posted by パソコバ  at 19:42Comments(2)

2020年08月24日

秀吉公のお墓と、家臣の?若人と三倍の詐欺師とともにあらん

今日は、「豊臣秀吉公」のお墓にどうしてもお参りにいきたくなって、またロマンの地を訪れました♪

今日は、暑さもぶっ飛ぶ青い「名古屋ウィメンズマラソン」のTシャツを着てレッツだごー♪icon16

もう、伏見出発でも迷わず走っていけるようになった「走るおばさん♪」

途中、ワイルドな鴨川での撮影もおこたりません♪




なんせ平日の上、この灼熱の中だれもだれもいませんね・・

今、鴨川に押されておぼれても、きっと誰も助けてはもらえないぐらい閑散としておりますですICON49

「豊臣秀吉公」のお墓「豊国廟」は、先日国立博物館で出会った素敵なガードマンさんが、後ろにある山に指をさして

「あそこだよ~」と教えてもらっていました♪face08

めっちゃ山のてっぺんにあるのね~~~face08


KBSTVの京都ロマンで、たまたま豊臣秀吉公の特集をしていたのものだから、行き方はばっちりよface02



ぜひまた、あの素敵なガードマンさんに会っていこうと向かうと、なんと休業日でしまっていました・・・

気を取り直して、お墓にレッツだごーicon16


「女坂」といわれる、ちょっと演歌の歌詞に出てきそうな坂をずんずんと上がっていきます♪


さすが、坂の名前だけあって、女子高生、女子大学生しかいないであります♪








そして、ずんずんあがっていくと♪

ここよ~~~ 到着でごじゃります♪

HPより抜粋♪

豊臣秀吉は自分の遺体を阿弥陀ヶ峰の山中に埋葬するように遺言を残して世を去りました。
江戸時代の豊臣崇拝への弾圧で建物などは壊されて、埋葬場所もわからなくなってしまいました。
現在残っている巨大な五輪の石塔は明治時代になってからのものです。
石塔のある場所までは長い石段が続いていました。
麓には豊国神社があり、豊臣秀吉を神として祀っていますが、これも明治時代になってから再建されたものです。


まさかこんな数段の階段を上ったところではあるまいface10




こちらの奥にはいるのね♪






ネットで調べたところ、100円の「協力金」がいるとかいてありました♪

その拝観料をどこで渡すのか?きょろきょろしていると、お掃除をされていたおじ様がいらっしゃり、

ご挨拶をきちんとしたあと、聞いてみると、「入るときに横にある箱に300円いれてください」と。


あら~ん100円だと聞いていたけれど、3倍も値上げしたのね・・face08

こんなご時世だからしょうがない・・


と箱に入れようとしたら・・100円って書いてある・・


どゆこと?? まさかジョーダンで言った? 私が石油王の奥様に見えた? ご銭王に見えた??


ちょっとなんだか??ワールドに入ってしまい考え込む「走るおばさん♪」ICON48

すると、そんな?おばさんの前をめっちゃムキムキマンの青年が、なんかめっちゃ重たそうな袋を肩にかついで階段を上ろうとしているのを
発見!!

もう、300円のことはすっかりと忘れて(笑) その青年たちに声をかける「走るおばさん♪」

きっと「豊臣公の家臣」の者たちだわねface02


その青年たちも、これまたコミュニケーション力満点の返しに「走るおばさん♪」 久々にわくわく♪

せっかくだから写真を撮影しようとお願いすると、快諾♪

されど、あとで確認をすると、撮れてなかったのでありますICON46


インスタを楽しみにしていますと言われたのに、なんてこった・・

一生懸命に自撮りをセットしてポーズもしていたのにねface10




されど、若人と、「走るおばさん♪」が楽しくおしゃべりしている姿が映ってたわface05

なんだかとっても素敵な時間でありましたface02




彼らは、神社やお寺を主に作業される方のようであります♪

そこに、社長さんらしき方もこられ、「この方に手伝ってもらって運んでもらおうか?」と

やはり、さすがにコミュニケーション力のある従業員の親方!

素晴らしいコミュニケーション力満点っすface05


コミュニケーション力には負けない「走るおばさん♪」

即返す「走るおばさん♪」  「私は300グラム以上はもてませんけれど、大丈夫ですか~ん♪」face03





その「家臣の若人」にまたね~とご挨拶をしお別れしました♪


そして、家臣の彼らが積み上げた荷袋を発見!!

SNSには、手伝って全部「走るおばさん♪」が積み上げたことにしておいたのであります♪face03




そのあと、誰もいないのを確認して、今日 どうしてもやりたかった野望を達成せねばICON129



そう、昨日調べた結果、以前放映されたNHKの大河ドラマのオープニングがここで撮影されたとのことで、

同じポーズをやりたいのであ~rる♪

まずは、子供だった秀吉が駆け上がるシーン♪

やってみました♪






このあと、実は階段が違うことに気づき「TAKE2」face08




ちょっと疲れてスピードダウンねICON58


疲れ切って、降りてくるシーンもとっておいたぞ♪






そして、階段で犬と寝転がっているシーンも再現してみた!

あとで、確認したら、こんなポーズじゃなかったですわface03







これが どうしてもやりたかったから、大満足な「走るおばさん♪」


そのあと、意気揚々と階段を上りだす「走るおばさん♪」




ついた~♪ ということで「ジャンプ」したら、なんとここから まだまだ 超ロングな階段があったとさface08





こちら、「五七五の秀吉の紋」でごじゃりますやんface05



清盛公も連れてきてあげたけれど、まだこんなに階段があるのよね~~~~face08





もう、きっとここで命がつきるのであろうと思ったその矢先になんと!!!






ついたぞ~~~!!!

大きな大きな大きな「五輪塔」でごじゃります♪








そして、ぐるっと一周したあと、登ってきた500段の階段を見下ろして恐怖を感じた「走るおばさん♪」

降りないとHOMEに帰れないのよねface10




されど、わりに涼しく、素晴らしい風景にロマンを感じながら降りれた「走るおばさん♪」

道中で、また家臣お会いし、「清水寺が見えたでしょう」と言われれ、

あまりのしんどさに、観るのを忘れた「走るおばさん♪」

「また観に来ます」とも言えず、 がっがりする「走るおばさん♪」


そんなこんなで、素敵な若人に「またどこかでね~」と本当に再会できることを願いお別れました♪



そして、そんな素敵な出会いとロマンと、三倍の詐欺師とドラマいっぱいのラン旅のあとは、

ぐるぐるソフト で打ち上げよ♪










   

Posted by パソコバ  at 19:41Comments(2)

2020年08月23日

一期一会の出会い✨

今週は忙しく走りに行けていない「走るおばさん♪」face08

このままでは、走り方を忘れてしまうのではないかと思う「走るおばさん♪」face10

されど、まめに写真をアップしているので(笑)毎日走ってると思われてしまっている「走るおばさん♪」(笑)face03

今回もまた先週のネタでごめんなさいねーん‍ICON118

先週の戦国時代のロマンの旅ランでしたが、とっても素敵な出会いがあったのであーるICON49


あまりにも綺麗な風景だったので、

(後ろには噴水があってその後ろに考える人がいらっしゃった)

ちょうど国立でsで写真を撮ろうと思ったけれど、
誰もいない上、門に立ってらっしゃるガードマンさんの視線が

ここは撮影許可を得てからと思い、早速ガードマンさんに尋ねると、
「どうぞどうぞ〜♪とってあげようか」と言ってもらい、

「自撮りで取るのが好きなので大丈夫です♪」と





いくつものポーズを撮影してると、若人のカップルが来た〜♪

ガードマンさんが、「写真を撮っていってね〜」とカップルに声をかけていたにで、
思わずお二人でお取りしましょうと、いつものお節介「走るおばさん♪」

「走るおばさん♪」の撮影は、「必ずポーズを大きく激しく元気によー」

と強制をするので(笑)

大概の方は、緊張がほぐれて素敵な笑みが出るのよねー(笑)







そして笑みが出た後は、「走るおばさん♪」の罠にかかって
「この素敵な出会いにご一緒に撮りましょう」と
撮らせてもらうのが「走るおばさん♪」なのであーる♪

そしてその撮影を見ていたガードマンさんも
すっかり「走るおばさん♪」の罠に洗脳されているので(笑)

これまたご一緒にと頼めるのであーる♪

離れ気味のガードマンさんに「もっと寄ってもらって
元気にポーズは大きくと」厳しく指導する「走るおばさん♪」(笑)


うんまぁ〜素敵な出会いの写真が撮れました♪






だから「旅ラン」は、やめられないのよねーん

ガードマンさんに「いつも朝ここの前を走ってる?方」
と聞かれ、「遠くから来たので違いますが、その方きっと美人だったんでしょうねー?」と
言ってみたら、「そうでもないなー」と即答(笑)

思わず吉本のように転けてしまいそうになった「走るおばさん♪」(笑)face03

こんなやりとりが、日陰が全くなくガンガンデリの
三十八度はあるであろうという場所で繰り広げられていたとは誰も思わいであろう・・・ICON179


その後、豊国神社西にいった、「耳塚」を観に♪





「走るおばさん♪」の耳は大丈夫よ! あるよ!!!






HPより抜粋♪

豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役(1592年~1598年)の遺跡(京都市東山区)。塚上に巨大な五輪石塔が立つ。
 戦功のしるしとなる首級のかわりに秀吉の将兵が耳や鼻をそぎ持ち帰り埋めたと「淀川両岸一覧」は記す。鼻塚ともいわれる。秀吉軍は朝鮮人の鼻と耳を切り取り、戦勝の証として塩や酢に漬けて日本に送った。高さ約8メートルの耳塚は、これらの耳や鼻を埋めた跡に秀吉が築いた。

 全国統一を遂げた秀吉は中国大陸への侵攻を狙い、朝鮮半島に出兵した。1592年の第1次出兵時の兵力は約20万人の大軍で、4月に釜山、6月には平壌を陥れた。秀吉軍が本格的に朝鮮人の耳や鼻を切り落とす行為を始めたのは1597年からの第2次出兵からという。
 秀吉軍の武将本山安政が残した記録には「秀吉の命令なので男、女、赤子までなで切りにして鼻をそぎ、毎日毎日塩漬けにし…」と記されている。はじめは首を切り落として送っていたが後に耳や鼻になり、樽(たる)で塩や酢漬けにされ、九州・名護屋を経由して秀吉のもとに送られた。
 耳、鼻の数で戦いぶりが評価されるとあって、秀吉軍の諸大名は競って切り落とした。
 秀吉は1597年に塚を築いた。このとき、僧侶約400人を呼んで供養を行った。


いや~~ん、塩漬け、酢漬けってお漬物に使うだけじゃないのねface08

戦いの証拠ってやつね・・

昔は本当に残酷な時代でありました・・・face07

されど、証拠がないと確かに、誰も戦いかったということがわからないものね・・

今のようにスマホがあればね・・・ICON142

そして、気を取り直してお向かいにあった素敵なお店も撮影♪












耳や鼻を切られた方が、未来はこんな風に変わっているなんて想像もつかなったであろうし、

きっとあの世で、吉本喜劇のように、転んでいるであろうと思った「走るおばさん♪」

みなさんのおかげで平和な暮らしをさせていただきておりますと心から思った「走るおばさん♪」

心から感謝でありますface02




  

Posted by パソコバ  at 17:43Comments(0)

2020年08月21日

秀吉の生まれ変わりですニャン♪

先日の三十三間堂の後のランに行ったお話でごじゃりますface02

三十三間堂を通り過ぎて、「南大門」にむかっていると、 なんか恐ろしい立て看板が!face08

「血天井」face07

今でも各お寺の天井にも「血天井」は残っていますねICON47

ちょっと、この看板の前でこのポーズは「走るおばさん♪」にしかできない画でありますface05


こちらは、 徳川、豊臣、天皇家……不思議な因縁を持つ寺院「養源院」でありますICON129



HPより抜粋♪

石田三成を足止めするため、伏見桃山城に立てこもった徳川軍・鳥居元忠。伏見城を守る約2000名に対し、石田三成は4万の軍勢!それでも10日もの間、足止めを成功させたといいます。最後には380余名となり、力尽きた鳥居元忠らは集まって自刃、伏見城は落城。家康の親友だったとも言われる元忠は、最後まで家康のために決死の覚悟で城を守り、それが関ケ原の戦いでの勝利への布石になったとも言われています。

ところがその亡骸(なきがら)は、夏の2ヶ月ほど伏見城に放置。その間におびただしい血が流れ出て染み付き、洗っても削っても取れなくなってしまいます。その板を、供養として養源院の天井に使ったものが「血天井」。


されど、勇敢に戦った方の証を少しでも残して法要してあげようという心は、さすが日本人でありますface01







 





 

こちらも拝観しないと見れませんが、とりあえず境内にはいってみよう!









本堂までには、ふたつの社がありました♪

 

そこで誰かが観ている??
誰かがいる??

足元をみると、まったく物おじしないネコちゃん(=^・・^=)

「走るおばさん♪」が、めっちゃポーズを決めて撮影していても、動じないface08



ためしに、猫ちゃんの真ん前に自撮りのカメラを置いて撮影してみた!!

自撮りあとに、スマホの画面に映る自分をみて、ちょっと目玉が大きく開いていたけれど、
1ミリも動かないねこちゃん!

もしかして、これは秀吉公の生まれ変わり??

きっとそうに違いない!!














そして、こちらでお水をいれていると、なんだかまた視線が・・face08

なんと目の前のお水の上に猫ちゃんが・・

これはきっと、浅井三姉妹のだれかの生まれ変わりだな!




そのうえ、ものすごいセミの声・・

これはきっと、380名以上が討死した兵士たちの生まれ変わりであろうICON58


てんこもり妄想をし続ける歴女ばばあの「走るおばさん♪」

次回はゆっくり「血天井」を見にこよう!!!


これまたロマンが止まらない「走るおばさん♪」でありましたface05


もう~京都はたまりませんわ♥


  

Posted by パソコバ  at 17:02Comments(2)

2020年08月20日

父親はだれじゃ!!!

先日の豊臣秀吉公の「豊国神社」に参ったあとに、三十三間堂も通りました♪

拝観は、時間の関係でしませんでしたが、この「三十三間堂」

三十三個の仏像があると思っていた無知な「走るおばさん♪」

ちがうやん!!

本堂にある柱間が33個あることから「三十三間堂」って言われているのよ♪

HPから抜粋♪

1249年に火災により、その当時の建物は燃えてしまいました。この姿から、元の姿へと直すために力を貸してくれたのが、後嵯峨上皇になります。ここで綺麗に再建された三十三間堂は、今は国宝として大切にされています。その仏像の数はなんと1001体にものぼります。当然観音様なので重ねておくなどができない為に、仏像をきちんと並べるスペースが必要となり、お堂は長くなったという事も納得が出来ます。ここで更なる疑問としては、なぜそんなにも多くの仏像を並べたのかという点ですが、昔は祀る仏像の多さが徳を積むと言われていました。ここを建てられた後白河上皇は、父である鳥羽上皇も同じように千体観音堂を作っていた事から、それに習い自分もこうして三十三間堂を作り上げたとされています。

ほぅ~~~多ければ多いほど得を積む!!

人生いまではシンプルである方が良いとされていますね♪

「走るおばさん♪」も、フルマラソンのメダルを集めまくっているので、1001個になった時点で、徳を積めるってことでしょうか(^_-)-☆


京都ではこんな派手な色は許されるのかい!!!

ここはハワイですか!!!

っていうぐらいのショッキングピンク色に、なんだか京都もやるじゃん!と思った「走るおばさん♪」






そして、お向かいには、「京都国立博物館」




聖地をだどって!

またゆっくり見にこようっと♬




このポスターだけでも、なんだか入館したような気がした「走るおばさん♪」

だれもだれも~ こんなところで撮影している人はいないわface08


後ろの仏像さんの手の数に驚き桃の木山椒の木face03

これだけあったら、どれだけ便りだろうか!!!!





後ろのガードマンさんの視線がきになる~ん♪





こちらは、長い長い「三十三間堂」の壁よ♪




青空に栄える朱色♪

さすが「三十三間堂」っすface02






蓮華王院(三十三間堂)にある桃山時代建築の重要文化財建造物。


境内の南端、塩小路通に面して建つ本瓦葺の巨大な八脚門。慶長5年(1600)、豊臣秀頼によって建立された。



豊臣秀頼さんといえば、豊臣秀吉さんのお子様♪

でもでも、誰の子か? なんだか昼ドラのように色々あったのね・・

それに、昨日TVで、豊臣秀頼さんは、身長が180センチぐらいあったそうで、

めっちゃカッコよかったのね♪



そんな複雑ないや、シンプルな後継ぎの豊臣秀頼さんが建てた門でございます♪

車もビュンビュンと通るもんだから、撮影が命がけであった事はつたえておこうface07







そして、英語ばっかりのバス停発見!!


ここはハワイかい??


なんだかハワイに来たのか? 極楽浄土に来たのか?

非常に楽しかった旅らんでございました♪







「走るおばさん♪」も、実は父親が違って、本当は大金持ちの子であったのかもしれないと

ちょっと今更疑ってみたそんなロマン一杯のランでありましたface05




  

Posted by パソコバ  at 12:36Comments(2)

2020年08月16日

秀吉とともにあらん♪

最近すっかり「歴女」歴史のおばさん♪となっている「走るおばさん♪」

戦国時代に登場する「豊臣秀吉」のゆかりの地に行ってきました♪」

なんせ、「徳川家康」が大阪の陣のきっかけに使ったという、方広寺にある「梵鐘」の銘文。

そして豊臣家没落へのキッカケとなった「鐘銘事件」

『国家安康〗〖君臣豊楽〗と刻まれたのですが、これが徳川家康の家と康を分断して、豊臣を君主とし、家康そして徳川家を冒瀆する意味が込めらていると言い、それがキッカケいいがかり?となり大坂の陣、そして豊臣家滅亡へとなりました。

これを刻んだのは、天才や疫病がひどいから、みんな幸せになりますようにという意味だったそうだけれど、

歴史って面白いわ~ん♪

それを見に行かねば死ねないと思った「走るおばさん♪」


猛暑であってもルンルンで行ってきましたicon16


今日は、名古屋ウィメンズマラソングッズ&給付金ガーミンで出陣!

ひまわりのティファニーもしてますわよface05


まずは、「豊国神社」を目指すぞ!!








伏見出発で11Kであります♪

朝早く出発したので、わりに暑さもましかしらん♪


到着いたししました~♪

車も、人もだれもいない・・・

秀吉さんあんまり人気ないのかしら??

いやいや、コロナと暑さでだれが行くねんって感じなんでしょうね♪

豊国神社の全貌を撮ろうと反対側から撮影していると、 タクシーにひかれそうになってしまった「走るおばさん♪」face08

されど、大丈夫です! 先日ゲットした「平清盛」さんお守りが私をまもってくれておりますわface05






あら、平野神社にそっくりじゃんface08


HPより抜粋♪

豊国神社(とよくにじんじゃ)は京都府京都市東山区に鎮座する神社です。
豊国神社(とよくにじんじゃ・ほうこくじんじゃ)は豊臣秀吉(豊国大明神)を祀る神社で、徳川家康の命で廃絶されたが、明治天皇の勅命により再興されています。
秀吉にゆかりのある各地に鎮座します。

格下だった徳川家康さんが、一気にいちゃもんを付けて、大坂の陣で豊臣家を滅ぼしたっちゃたから、
この神社もめちゃくちゃに壊してしまったらしいわん。


されど、豊臣さんの人望のおかげで、明治天皇がきれいにきれいに再興してくださったんだってface05

by歴女の「走るおばさん♪」より抜粋♪




こちらが、「手水舎」でございます♪




ななななんと!水が出ているのは焼き物からの~ひょうたん であります!!face08

水盤には豊臣家の家紋である「五七桐」の紋が彫られていますface05

かっこいい~

上に付いている花の数が、5-7-5となっていることから五七桐と呼ばれてるのよICON49




風鈴も飾ってあって、捕まえちゃった♪






後ろには、「唐門」が!!



もともと南禅寺「金地院」にあった唐門を移築したそうです!
国宝にも指定されています!!
唐門の中に拝殿もありますが中には入れないようですicon15




いきなり、豊臣秀吉さんとお会いできました♪

けっこうなおじい様だったのかしら・・



国宝にも指定されている「唐門」 

や~~ん素敵

「伏見城」の遺構とされているらしくって、漆を塗り、彫刻や飾金具を施したその豪華絢爛な唐門は、桃山文化を代表する建築の一つとして国宝に指定されているんだって~

西本願寺や大徳寺の唐門とならんで、数少ない国宝の唐門だと、お参りに来られていた お隣のご家族のお父様が行っていました(笑)

 


唐門の扉下部には鯉の滝登り、登竜門の彫刻が施されているのよ~ん♪

「走るおばさん♪」の立身出世もきたいできるわねface05



 


清盛公にも見せてあげたわ







鯉の滝登り~~~♪

  







 


こちらは、天井だよん♪



扁額の両側にある2羽の鶴は左甚五郎作の「目無しの鶴」と云われ、目が入っていません。

なんと、あまりのリアルさに、目を入れたら飛んで行っちゃうから目をいれなかったんだって~~face08



 


ものすごいリアルな彫刻であります♪

これを観れただけでも、「走るおばさん♪」満足っすface05



 


HPより抜粋♪

瓢箪は秀吉の馬印(合戦の時に敵味方の区別をつけるための印)として使われていたものです。
元々は、織田信長の美濃攻めの時、秀吉は難攻不落な稲葉山城(今の岐阜城)を背後から突いて落とすという功績をあげました。
その時、腰に付けていたひょうたんを高く掲げて合図にしていたのですが、それにちなんで信長から瓢箪の馬印を使うことを許されたのです。
そして後の世で、戦勝の度に瓢箪を増やしていったと話が盛られたことから瓢箪をたくさんつけて「千成瓢箪」とよばれるようになりました。
千成瓢箪の話は有名なのですが、実は実際に掲げた瓢箪は一つだけだったんです^^;


「走るおばさん♪」も、ひょうたんをつけたくなりました♪



 

神木様にも抱き着きまくっておきました♪

 



おみくじもあったよ♪


 

お守りもいっぱい売ってたよ♪

となりにいたお兄さんがお守りを買っているようで、「全部で6千円になります~」と聞こえた瞬間、

立身出世のためには銭がいるんだと思った「走るおばさん♪」


 


このあと、いよいよ事件が起きた「梵鐘」をみにいくわけですが、

こちらはまた次回でね♪


帰りは、やっぱりMでソフトクリーム♪

あまりにも暑いので、お水をお願いすると、従業員さんの計らいで、てんこもりお水をもらった「走るおばさん♪」


Mの神水をお腹いっぱいにいただいて満足でしたface03


 




 
  

Posted by パソコバ  at 17:00Comments(2)

2020年08月15日

「東寺」「西寺」があったのね~~~!!

「羅生門」跡を見つけ 写真を撮影していると すぐ横に「羅城門跡」横にいらっしゃる、お地蔵様発見!!

かつて、羅城門を中心に対をなして建てられていた、東寺と西寺。
その対立にまつわる逸話が、この「羅城門」の横に残ってるようでありますface08

Hpより抜粋!

日照りに困った淳和天皇が東寺の空海(弘法大師)と西寺の守敏に神泉苑の池で畔雨乞いの祈祷をさせた際、
守敏の時には雨が降らなかったが空海が祈祷すると雨が降ったため、守敏が空海を恨み、羅城門付近で空海に向けて矢を放った。

その時、黒衣の僧が現れて空海の身代わりとなり矢を受けて、空海は何を逃れた。

その黒衣の僧は地蔵菩薩の化身であったため、この身代わり地蔵を屋取りの地蔵と呼び、この地で祀って来た。









空海さんの身代わりになったお地蔵様face08




いつの時代も、嫉妬妬みがあって、それをまた助けてくれる方がいたしたのね!!!

空海さんの行いがよっぽどよかったのでしょうねface05

私はきっと、身代わり「走るおばさん♪」にはなれませんface10

矢を身代わりには受けることはできないであります・・・

いまはコロナで参拝できないようで、小さな穴から覗いてみましたface01

この方かしら???

お口がちょっと自慢気に見えるから、この方であろうface02







そして、そんな勇気りんりんのお地蔵さまと お別れをし、走っていると!!



「西寺後」という看板が??

あ~~~ 「西寺」ってここにあったの??

ネットでぐぐってみると、
なんと、

HPより抜粋♪

平安京にあって「東寺」と「羅城門」を挟んで東西対象に建立されていた「西寺」は、現在京都市南区唐橋西寺町の「唐橋西寺公園(西寺児童公園)」の中に講堂の基礎部の土壇が残り、その中には一部の礎石を残すのみとなっています。


こんな近くで対立していたのね・・

いつの世も、いがみ合うのは同じなのね・・・



こちらも、HPから抜粋をさせて頂きましたm(__)m

西寺は東寺に比べて早くから衰え、天福元年(1233年)には塔も焼失し、以後は再興されることなく地中に埋もれてしまいました。昭和34年以来、数多くの発掘調査が実施されて、建築物やその屋根に葺かれた瓦、使われていた土器などが次々と発見され、この周辺の地下に平安時代の伽藍がほぼそのまま眠っていることが明らかになりました。


守敏さんが、妬んで矢を放ったもんだから、ブーメランのように自分に帰ってきてしまった結果西寺は衰えちゃったのかもね・・face07

みなさんも、ブーメランの現象にはおきをつけくださいませ♪

だって、西城秀樹の歌でも、「ブーメラン ブーメラン きっと~あたなはかえってくるだろうぅぅぅう~」とうたっていたものね。




そして、走って行ってみると、どここどこど??

なんだか公園の真ん中に大きな盛り上がった小高い丘が!!

とりあえず登ってみると、石碑みっけ!







 

下から見上げると、あそこよ!!


見える???

もぅ~守敏さんのおかげで、なにもかも跡形なくなくなっているじゃんICON49



HPより抜粋!


 



こちらの地図に、ミスター・ギョウザとありますが、

たしかに、こちらには恐ろしいぐらいの長蛇の列ができていましたface08

「西寺」にはるかに勝っているとしかいいようがない風景でありましたface10



この日まで、「羅生門」「西寺」「ミスター・ギョウザ」「守敏」(呼び捨て) のことを知らなかった・・・face10


この「西寺」がもし再建されいたら、「東寺」とならぶ素晴らしいお寺であっただろうと思った「走るおばさん♪」

なんだか、羅生門から始まって、下人になり、地蔵になり、空海になった気分であったとさ♪


ちょっと「守敏」の気分も味わってはみたけれど、やっぱりいかんいかん!

みなさんには、親切丁寧にね♪



されど、もう、京都はロマンがとまりませ~~んICON129


そして、めっちゃカッコイイ真っ黒のすけの販売機発見!!

ええ感じだわ♥





そんなロマンがまた止まらない京都♪

まだまだ「走るおばさん♪」走ってみせるわface05



  

Posted by パソコバ  at 15:27Comments(0)

2020年08月14日

羅生門の下人と老婆に会えました?

先日「東寺」をあとにし、「若一神社」に向かっている道中に見つけた「羅生門」後face08




公園の一角にあった石碑。

滑り台もあったよ♪




え~~~
「走るおばさん♪」が驚いたのは、高校時代の国語の教科書でめっちゃ大好きだった「羅生門」がここにあったのとは。
っていうか、それだけ好きなら場所を知っておけよという話であります。face06

30数年ぶりによみがえった「羅生門」face05

確か、下人と、老婆の話であったことを思い出しました。

ここで、下人が盗人をするかしないかを迷っていた、盗人をしている老婆を正義を振りかざしてつかまえて、

理由を聞いたら、そのとたん正義はくずれ、立派な盗人になったとか??そんな話でしたよね?


人間なんて、正義感を振りかざすときはめっちゃ振りかざしていたのにも関わらず、理由や理屈ができたら

すんなり、まっいいか~となる心理を芥川龍之介はこの小説に書いていたんですよね♪

コロナのこの時代、ある意味 芥川龍之介の描いた人間の心理がぴたりと当たっていることに驚きです。

今時代だからこそ、この「羅生門」みなさん読んでみて、そして「羅生門」あとの石碑の後ろの滑りだいに上がって

ちょっと考えてはいかがでしょうか?



滑り台の上で、下人と老婆と「走るおばさん♪」が、仲良く肩を組んで笑っていたような気がしたランでした♪


京都は本当にロマンが一杯♪


そして、下人と老婆とお別れし、ゾーン30と書かれた道路を駆け抜けていったとさ♪

そして、走るおばさんと、下人と老婆の行方は誰もしならない・・・ICON58




  

Posted by パソコバ  at 10:34Comments(2)